作家・綿矢りささん、書けないスランプから脱却へ!たどり着いた先とは?

人生の中でスランプって誰にもあると思います。

今までできていたことが急に出来なくなった時の絶望は半端ではないでしょう。

今回は作家の綿矢りささんが、作品を書けないスランプから脱却したみたいなので、調査してまとめました。

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綿矢りささんとは?

京都府京都市生まれ。父は着物会社に勤めるサラリーマン[1]、母は英語教師の家庭に育つ。

京都市立紫野高等学校在学中に「インストール」で第38回文藝賞受賞。受賞当時17歳であり、第18回(1981年)の堀田あけみ(『アイコ十六歳』)以来20年ぶりの最年少タイ記録として話題となった[2]。同作品で2002年に第15回三島由紀夫賞候補。選考委員の福田和也島田雅彦より高い評価を受ける。同作品の単行本は、2年後の芥川龍之介賞受賞や映画化の効果も相まって、2008年までに70万部が発行されるベストセラーとなった。

2002年に早稲田大学教育学部国語国文学科へ入学。在学中は千葉俊二ゼミに所属。大学在学中の2003年に『蹴りたい背中』で第25回野間文芸新人賞の候補となり、2004年に同作品で第130回芥川龍之介賞受賞(当時19歳)。金原ひとみ(当時20歳)「蛇にピアス」と同時受賞であり、それまでの最年少記録(第56回(1967年)・丸山健二の23歳0ヶ月)を大幅に更新。芥川賞受賞作と選評が掲載された月刊『文藝春秋』2004年3月号は、雑誌としては異例の初回刷80万部、最終的には118万5000部を記録し、1990年12月号「昭和天皇独白録」収録号の105万部を抜き最多発行部数を更新した。単行本は芥川賞受賞作としては1976年受賞の村上龍限りなく透明に近いブルー』(131万部)以来、28年ぶりのミリオンセラーとなった。2004年末までの発行部数は127万部。

2006年3月に早稲田大学を卒業。以降、京都で専業作家として活動に入る。

『蹴りたい背中』で2005年度早稲田大学小野梓記念賞<芸術賞>を受賞。同年末に3年半ぶりの長編となる『夢を与える』を発表。

2008年、第26回京都府文化賞奨励賞を受賞。同年、世界経済フォーラム(ダボス会議)のYoung Global Leadersの1人に選出される。同年春より読売新聞で書評委員を務める。

2010年、『勝手にふるえてろ』が第27回織田作之助賞大賞候補。

2012年、『かわいそうだね?』で第6回大江健三郎賞を受賞。同年、京都市芸術新人賞を受賞。

引用:https://ja.wikipedia.org

ご両親は文学に携わっている人ではないみたいですが、高校在学時に文藝賞を受賞していますね。

幼少時から読書が好きで、江戸川乱歩作品や不思議の国のアリス、村上春樹など多少なジャンルを読んでいて、小説を書くきっかけになったのは、高校生のときに太宰治作品を読んだことから始まったそうです。

それにしても、文藝賞をあっという間に受賞するのはとても素晴らしいですね。

史上最年少での芥川賞受賞

特に若年での受賞や学生作家の受賞は大きな話題となる。最年少記録は、1967年丸山健二の記録が37年近く破られていなかったが、2004年綿矢りさ金原ひとみの同時受賞で大幅に更新された。

引用:https://ja.wikipedia.org

綿矢さんは早稲田大学の教育部国語国文科へ進学しており、文学作家としての道を歩んでいます。

2003年に「蹴りたい背中」で「野間文芸新人賞」の候補となり、翌年に同作品で「芥川龍之介賞」を受賞していますが、この時注目されたのが最年少で受賞したということです。

当時綿矢さんは大学在学中の19歳で芥川賞を受賞しました。

それまでは、1967年に受賞した丸山健二さんの23歳が最年少記録でした。

4歳も早く更新するとは驚きです。

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なぜスランプに陥ったのか?

19歳で受賞した綿矢さんでしたが、大学卒業後、作品が書けないスランプに陥っていました。

原因は下積み経験の浅さから来るプレッシャーみたいです。

トントン拍子で芥川賞を受賞してしまったことが、「書かなきゃ」というプレッシャーに追い込まれていたみたいですね。

甲子園で優勝した選手が、ドラフト1位でプロに入団後、結果が出せず、退団宣告を受ける流れに似ていますね。

綿矢さん自身、何度も何度も作品を書こうと向き合っていたそうです。

プロ意識が諦めることを許さなかったのかもしれませんね。

スランプからの脱却

綿矢さんがスランプから抜け出した時の状況をこう語っています。

吹っ切れたのは、「読者を『感動させよう』と“狙う”のではなく、自分が書けるもの、自分が面白いと思ったものを書くしかない。それで読者に楽しんでもらえるようになればいい」と思えるようになったからだ。

引用:https://headlines.yahoo.co.jp

読者に合わせるのでななく、作品を読んだ読者自身が楽しいと思える作品を書くというスタイルに変更していますね。

今まで貫いていたスタイルをやめているので、とても勇気のいる決断だったと思います。

私たちもスランプに陥った時は、思い切って今のスタイルをやめてみる必要があるのかもしれません。

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まとめ

今回は作家・綿矢さんのスランプ脱却についてまとめました。

躓くことなく、物事が運ぶのはとても素晴らしい反面、躓いた時の対処がとても苦しいということが分かりました。

私たちもスランプに陥った時に、すぐに脱却できるように小さな経験を積み重ねて置かないといけませんね。

 

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